科学の文法

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科学の文法


カール・ピアソンの”The Grammar of Science”を入手しました.印刷は2010年9月・米国ですが,新刊でも何でもありません.1892年に初版(1911年に第3版)が発行された科学思想書です.ペーパバックで1,800円ほどで買えました.邦訳の古書だと2万円ぐらいするようですが,英語圏だとこういう古典的な名著が簡単に手に入るんですね.日本でも相当たくさんの本が出版されているような気がするんですが,こういうのを実感すると,日本の書店にある本がゴミの山に見えてきます.
で,ピアソンの主張は,「統計学は科学の文法だ」ということだったようですが,考えてみれば,これは弊社の「マインドウェア」のコンセプトにぴったりです.
「マインドウェア」という言葉は,誰でもが思いつく言葉のようでして,「自分こそが『マインドウエア』の提唱者だと名乗っている人が何人もいるようなので,人によって「マインドウェア」の定義はさまざまですが,弊社での定義は,「優れた知性によるのと同等な結果が得られる製品やサービス」のことです.
もともとの議論は,80年代のニューメディア開発にさかのぼるわけでして,弊社の社名は,当初,とくに統計やデータマイニングを想定したものではなかったのですが,結果的には,統計解析は「科学的方法のマインドウエア」であり,データマイニング,とくに自己組織化マップは「仮説創造のマインドウエア」と位置付けることができます.
実際,統計解析は,今日,多くの学術分野で活用されていて,「科学者の量産」に貢献しているわけです.データを集めて統計ソフトでデータ解析して論文を書けば学位が取れる,というパターンができあがっているような分野がたくさんあります.
これはこれで大変結構なことなのですが,70年代に活躍された技術評論家の星野芳郎先生の「科学技術はその内部から革新性を失うことになるだろう」という言葉をときどき思い出してしまうわけです.
実際,統計手法を使うことによって,あらかじめ「研究のパターン」があって,それに当てはまるように研究テーマを設定して,あとは手順どおりに作業をやっていくだけ,という「研究のパターン化」が進んでいるような気がしてならないわけです.
データマイニングは「仮説の発見」にこそ,その意義があるのですが,あまり多くの人には,そこのところが理解されていないようでして,多くの人が「仮説」とくれば「検証」というふうに何も考えずに条件反射してしまいます.
現代統計学を切り拓いたパイオニアの精神に少しでも近づくことができたら,データマイニングの新しい時代を切り拓くためのヒントなり力なりを貰えるのではないか,と淡い期待を持つのでした.

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