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垂直統合と水平分散

情報化社会論と人工知能社会論について、もう少し書きます。
80年代の日本のニューメディア開発のほとんどすべてが、最終的に本格的な普及に至らなかったという点では、はっきりと失敗を認めなければなりません。当時、「デルファイ法によって技術予測はかなりの精度でできる」と豪語されていたものですが、実際には当時の中央官庁や大企業が行っていた技術予測はデタラメだったのです。
たぶん、「半導体の集積度が何年後にはどうなる?」というような量的な予測はそこそこできていたのだと思いますが、技術の質的な面の予測は、天才ではない普通の専門家が何10人何100人寄ってたかってもできないのだろうと思います。
80年代の日本で考えられていたニューメディアと今日普及しているインターネットとの決定的な違いは、前者が垂直統合型のネットワークを想定していたのに対して、後者は水平分散型であるという点です。
垂直統合ネットと水平分散ネットの技術的な観点での説明はいろいろあるでしょうが、それはそれとして、「権力」という観点から見れば、物事の本質がより鮮明に見えてくるように思います。
つまり、旧郵政省は、ニューメディアも従来の放送局と似たようなスキームで捉えていたのだと思います。実際に免許制にするかどうかは別として、情報の発信者と一般の受信者をはっきりと分けていたのです。発信者は、絶対的に優位な立場で、つまり、「上」にいて、受信者は、上から降りてくる情報を有難く受け取るべきだという前提が、暗黙のうちに出来上がったいたわけです。
80年代の日本では、キャプテン・システムというニューメディアが開発されていました。当時、まだコンピュータの性能が今ほど高くなかったので、キャプテン・システムで送られてくる画像は、単純な図形と文字の組み合わせのようなものでした。わかりやすく言えば、現在我々が使っているPowerPointの画面のようなものが通信回線を通って送られてくるわけです。そして、画面のどこかを押す(クリックする)と画面が変わるわけです。
そう、初期のWorld Wide Web(WWW)が登場するよりも10年以上早く、表面的には同じようなことがすでに実現されていました。さらに単純な図形の組み合わせではなく、自然画が伝送できる技術の開発にも取り組まれていました。しかし、決定的な違いは、WWWが水平分散型ネットで、誰でもがWebサーバーを立ち上げて情報発信できるのに対して、キャプテン・システムはセンターのコンピュータだけからしか情報発信することができなかったわけです。
キャプテン・システムの推進者たちは、実際に動作するシステムをほぼ完成させて、たとえば私が主催したセミナーでもデモンストレーションをして見せたのですが、「いったいどうやってコンテンツ作成のコストを負担するのかがわからない」というところでつまづいていました。つまり、システムはできたけれど、ビジネス・モデルが構築できなかったわけです。
我々は、今、WWWの経験を通して、そんな心配はする必要がなかったということがわかるのですが、当時は、そんなつまらないことで真剣につまづいていたのです。何がそうさせたのかは、今となっては明白です。情報の発信者と受信者を上下の関係で捉えていて、一般民衆が情報発信をするというようなことには、まったく思い至らなかったからです。
インターネットは、もともとは冷戦時代に米国の国防のために開発された技術なのですが、この水平分散型のネットワーク技術は、幸いなことに民主的な社会を構築することに大きく役立ちました。
しかし、垂直統合と水平分散は、綱引きの関係です。コンピュータ技術の潮流は、この間を行ったり来たりを繰り返しているように見られます。今日、我々が向かおうとしている「クラウド・コンピューティング」は、まさに水平分散から垂直統合への揺り戻しです。
クラウド・コンピューティングの本質は、インターネット産業における勝者が、インターネットでの権力の座を獲得したという勝利宣言でもあります。IBMのWatsonのような人工知能は、データセンターに置かれて運用されることが暗黙の前提となっております。これからしばらくは、このような時代に突入していくものと思われます。
しかし、たぶん、10年か15年すると、また水平分散への揺り戻しが起きるはずです。そのときに、我々がより良い民主的な人工知能技術に出会えることを切に願います。