暗黙知と非線形情報処理

投稿者:

暗黙知と非線形情報処理

前回は論理的推論とパターン認識の話でした。
パターン認識は論理よりも先だって、その基礎となる概念を成立させます。
日本のナレッジマネジメントで「暗黙知」に関する議論があります。着眼点はとてもよかったのですが、あとの議論がぐずぐずでどうしようもありません。
そもそも、この「暗黙知」の原典は、Michael Polanyi(ミヒャエル・ポラニー)というハンガリー人の科学哲学者が1966年に書いた”The Tacit Dimension”という科学評論の本です。日本では1980年に『暗黙知の次元』(紀伊国屋書店)でとして邦訳されております。
まず注意しなければならないのは、この本が1960年代の哲学的背景と科学知識をもとに書かれているということです。
この本の主旨は、「知には言語的な知以外の知も存在する」ということで、それが指示しているものを今日の科学知識で見ると、その大部分はパターン認識のことです。
暗黙知とは言語的には表現できない知識です。人の顔を見分ける方法を言葉で説明しようとしてもできません。「わかっちゃいるけど説明はできない」というのが暗黙知です。
ところが日本のナレッジマネジメント(野中理論)では、特別な技術を使用することもなく、組織内での話し合いのような活動によって、暗黙知から形式知、形式知から暗黙知へと自由自在に変換ができることになっちゃっています。Polanyiの暗黙知ではまったくあり得ない絵空事です。
結局、野中理論での暗黙知というのは、組織の中で埋もれている発言力の弱い個人の意見とか見解のようなものにすり替わっています。そういう情報をすくい上げて組織的に活用しましょう、というお話になっています。Polanyiを引用する意味はまったく見出せません。
「知の変換」とかナントカと、何かと大仰に理論的であるかのような装飾が施されていますが、どうみてもまともな科学理論とは思えません。口の達者な人のハッタリ話です。もちろん、組織の中で、個人個人の考えや思いをいろいろな方法で共有して活用しようとすることは、必ずしも悪い考えではないでしょう。しかし、そんなことにうつつを抜かしている会社があるとしたら、そりゃ競争には勝てませんよ。
本当にたたき上げの職人的なノウハウを持つ人というのは、そのノウハウの内容をそんなに言葉や図表などで見事に表現するなんてことはできません。ましてや数式によって、直接的にその内容を記述するなんてこともできません。そういう人に向かって「ナレッジマネジメントだ。あなたのノウハウを表出化してください」と迫ったところで、大した内容のことは出てきません。それで、もののわかっていない人たちは「なんだぁ、大したノウハウを持ってないなぁ」とスルーしてしまい、ナレッジマネジメントの活動はおしゃべりな人たちに支配されるというのがオチです。誰でも自分が認められることを好みます。おしゃべりナレッジマネジメントは、ものづくりの精神を破壊します。
内側ではなく外に目を向けるべきです。ナレッジマネジメントは、意識が組織の内側に向かっているという意味で、最初から儲かりそうもないお話です。企業はそれよりも顧客に目を向けるべきです。
ただし、ここであえて、個人個人が持っている「知識?」というものを再度、Polanyi的な暗黙知に引き寄せて考えるとしたら、そこには個人個人の意見なり何なりを寄せ集めた総体としての「構造」が人知れず横たわっていることでしょう。そういうものを可視化したり分析したりする、というところまで論を進めていただけると、データマイニングやテキストマイニングの技術とつながりがでてきます。
それは従業員であっても消費者であってもいいわけです。つまり、顧客に目を向けた場合、「顧客行動モデル」あるいは「購買行動モデル」ということになります。この場合は、「顧客が何を考えているか?」という内面を知ることは難しいし、また、それが最終的に知りたいことでもありません。つまり、外面的な「購買行動」に目を向けたほうが科学的アプローチとしては筋のよいものになります。
これは企業として取り組むべき価値のあるものですし、また、こういうところに自己組織化マップのようなパターン認識技術を用いることで、本当の意味で「暗黙な知」を表現することができるのです。
Polanyiの暗黙知は、「わかっちゃいるけど言葉では説明はできない」というものです。たとえば、人の顔の識別の仕方なんて、複雑すぎて言葉では表現できません。また識別できる本人にとっても、意識的にやっているわけではではなく、「神経組織のどこかで自動的に行っている」という類のものです。むしろ、意識すると混乱してわからなくなったりします。つまり、それがパターン認識です。
パターン認識の研究の最大の成果は、「どのような知識も構造である」という確信が持てるようになったことだと思います。で、「暗黙知」と呼ばれるような「言葉で表現できない構造」というのは、結局、非線形のことです。
自己組織化マップは、現在利用できる技術の中で、もっとも暗黙知を表現するのに適した技術です。

投稿者について