日別アーカイブ 2010年12月17日

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弁証法的アプローチ

流行りの「地頭力」「フェルミ推定」と「データマイニング」の共通性について書こうしたのですが,丁寧に説明しようとする,かなり長い話になってしまうので挫折しました.結局,早い話が「弁証法」の一言で終わるのですが,たぶん「弁証法」がわからない人はかなり多いと思います.
フェルミ推定というのは,一種の弁証法なわけです.
で,過去に自分が雑誌に書いた説明の仕方を思い出して言えば,つまり,幾何学の問題を解くときに,有用な「補助線」に気づけるかどうかが勝負だということと同じです.ちなみにデッサンが探求力を鍛えるというのは,デッサンは幾何学そのものだからです.
弁証法とは,トポス(論拠)を発見して,そこから自前の論理を構築していく方法です.「ディベート」という現代語は似たようなニュアンスがあると思います.ソクラテスにとっては,弁証法は口論に打ち勝つための技だっただろうと想像します.
もっとも口論というのは,「ああいえば,こういう」式の言い逃れとその矛盾点を弁証法的に論破するという戦いをお互いがやり合うので,たいてい最後には両者とも「自分が勝った」と思い込んで終わるもので,真理に到達するようなものではありません.どんなに正しいことを言っても,相手がそれを素直に受け入れるかどうかは,別問題ですね.真理はいつも人間と関係ないところに横たわっています.
似たようなところでは,ビジネスにおけるプレゼンテーションや話術の類も同じで,まさに方便の世界です.世の中には口の達者な人がうようよしているので,まがい物がはびこります.騙しのテクニックを駆使してでもビジネスを円滑に進めるのがよいのか,そんなことしたらわかる人にはわかるので,それが恥ずかしくてできないのが人の道なのか,よく悩みます.年齢を重ねるほど後者になっていってしまうので,まあ,どんどん棲みにくい世の中になっていきます.
それはそれとして,弁証法の重要性がどこにあるかというのは,「思考の経済性」にあります.弁証法的なアプローチの大局にあるのが,物事を隅から隅まで1つの漏れもなく,すべてをスキャンする方法です.悉皆調査とか総あたり法とかがそれです.
たぶん,将棋や碁の達人も(私には想像の世界ですが)同じようなことをやっているはずです.コンピュータは,何手か先までのあらゆる可能性をスキャンして,最も良い手を選ぶわけですが,人間はコンピュータには敵いません.もっとも達人は普通の人よりも大きなメモリ空間を持っていて,ある程度は緻密な論理で分析しているのだろうと思いますが,100%完全な論理で手を選んでいるのではないのだろうと想像します.
ハーバート・A・サイモンが「システムの科学」(The Sciene of Artificial,1969)で,完全合理性と限定合理性という言葉を使って説明したことが,ずっとコンピュータ・サイエンスの分野では重要な課題として研究され続けています.そういう研究の系譜での成果として結実したのが,自己組織化マップやベイジアンネットワークなのであります.まあ,もっとも,それでもまだまだ人間の思考にはほど遠いのですが,かなりいい線まで行っています.
弁証法的思考に関係すると思われるキーワードのみを並べておきます.いちいち説明するとブログではなく,本になってしまうのでやめておきます:
ディベート,フェルミ推定,仮説思考,幾何学の補助線,限定合理性,ソフト・コンピューティング,データマイニング,KJ法(ただし,権威化・形骸化とは無関係な本質の部分),グラウンデッド・セオリー,オートポイエーシス…
まだ,たくさんあると思いますので,思い出したら,あとで「こそっ」と追加しておきます.
データマイニングにおける弁証法的アプローチは,計算に用いるアルゴリズムの中にもあるのですが,それよりも,データマイニング・プロジェクトを推進する方法の中にも存在します.これができるか,できないかでプロジェクトの効率がまったく違ってきます.
筋のよいデータマイニングは,世間で知られているのよりも,ずっとスマートで効率がよいのですが,それが理解されないことが,世の中の効率を悪くしていて本当に残念です.