それでもまだあなたは十字チャートを信じますか?

1998年、私がコホネンの自己組織化マップ(SOM: Self-Organizing Maps)に興味を持ち始めた理由は、コンサルティング・ファームでの仕事で接してきたゆわゆる十字チャート(4象限チャート)への違和感からでした。戦略コンサルティングでは、いくつかの同様なチャートが多用されますが、私にとってはそれは「あまりに単純化された空理空論」にしか見えませんでした。わかりやすいと言えばわかりやすいのですが、ことさら権威付けして、特別な手法であるかのように取り扱っている様子を目撃して、私の良心は居心地の悪さを感じたものでした。

戦略コンサルティングは、ほとんどが定性情報の分析で構成されています。もし関連する定量データを取得できるのであれば、主成分分析によりマップを作成することができるでしょう。それならば、データに基づいてコンサルタントたちが主張するような戦略ドメインを発見することができるでしょう。しかし、「戦略、戦略」と声高に言っている人々の多くが、そのレベルの分析には至っていないのが実情だったのです。

統計的マーケティングや食品や飲料等の官能評価分析では、定量的な分析が行われます。ならば、それは本当に科学的なのか?と問えば、それも急に自信がなくなってきます。たとえば、アンケート調査の結果をコレスポンデンス分析すれば、それは科学的なのか?といえば、実際のところそうでもありません。なぜなら、アンケート調査ではどんな調査票を作るか?で結果が180度違うかもしれないからです。もし重要な視点を欠いた質問しかできなければ、永久に答えにはたどり着けないのです。調査の現場では、常にその問題が置き去りにされながら、物事が過ぎてゆくもどかしさがあります。

また統計的手法は、カール・ピアソンが『科学の文法』と宣言したことがつとに有名ではありますが、多くの現場で「科学的であることを装うことを目的とした道具」と成り下がている現実があります。たとえば主成分分析自体は、データのノイズを除去したり、属性間の相関を除去する目的で、一連の分析の中で使用すると、とても強力な手法です。しかし、多くの現場で、第1および第2主成分の座標軸でつくるマップがよく使用されます。データ空間の全体的な姿を想像する目的で使用することには異論はありませんが、それが真実の姿だとして見るなら大きな落とし穴があります。そのマップは単なる射影であり、特定のアングルから見たらそう見えるということに過ぎないのです。別の言い方をすれば情報損失が大きいのです。

官能評価分析について言えば、暗澹(あんたん)たる思いです。まずもって、味覚や臭覚など主観的体験を数値化しなければ分析が始まりません。尺度を調整する手法などがあるのですが、主観を客観化するこの作業がどこまでも「不可能への挑戦」になっていることがこの分野の根本問題です。そして、最終結果はやはり主成分分析のマップなのですから、この一連の分析のいったいどこに真実性があるのか?と疑問が生じます。統計が科学を偽装するための道具として使われているというのが誇張ではないぐらいの闇を感じます。とくに以前に指摘したようにプリファレンス・マッピングと言う手法は、統計的に見てもほとんど妥当性がありません。

SOMはこうした問題に一筋の光を与えます。単なる射影ではなくトポロジカルな順序付けによって、多次元空間を要約することができるからです。プリファレンス・マッピングの問題は行列計算によって、専門家による製品特性の評価の行列と消費者による製品の選好度の行列を統合することができ、結果として消費者の個人ごとの製品特性への反応をSOMで分析することができます。

SOMは非線形多変量解析の現実的な方法として解釈できます。世の中の大多数のコンサルタント諸氏がこれを理解できないで、いまだに十字チャートを使っていることを考えると憐みの気持ちさえ出てきます。犬を連れて公園に入るとき犬がポールの向こう側を通ろうして、リードがポールに引っかかって通れなくなる様子を思い出してしまいます。そこには決定的な認知的格差があるとしか言いようがないのです。

SOM(ただし統計互換型のバッチSOM)は多くて20次元程度までの定量データの分析ではとてもよく機能します。今日、大規模言語モデル(LLM)の進展により、定性情報(不定形テキスト)をベクトル化することができるようになりました。それは、たとえば1536次元というような超高次元データになります。SOMでもこれをモデルすることができなくはないのですが、SOMの場合、学習の最初から最後までトポロジーが固定されていることが若干弱点となります。そこでSOMの発展形である成長ニューラルガス(GNG)という手法を使って超高次元データを学習することが推奨されます。それだけでもよいのですが、最後に最小全域木(MST)を使って主要なトポロジーを特定すると完璧です。

LLMの登場により不定形テキスト情報からマップが作れるというのは革命的な出来事であります。GNG+MSTによる概念構造モデルは、かつての十字チャートを置き換える戦略情報分析のツールとなり得ます。良心のあるコンサルタント、リサーチャーの皆さまには、ぜひご体験くださいますようお薦め申し上げます。

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